2006年 05月 08日
はじめて「死」を覚悟して、感じたこと。
5月5日こどもの日。忘れられない日になった。

実はこの頃育児でかなり滅入っていた。
特に長男への接し方で…

★なぜ滅入ってたか興味ない方は青い文字の部分は飛ばしてください。長文なので・・・★

3年生と言うのはある意味要注意な学年らしい。
学校に慣れてきて、ダレてくる。
読み書き計算がある程度できてきて人間らしくなり、子ども相手のようなごまかしが聞かなくなり扱いが難しくなる。

3年生になってはじめての参観日は、目を覆いたくなるような状態だった。
ついこのあいだの2年生の最後の参観日とは別人のようだった。
私にケンカ売ってるのかと思うくらい不真面目そのものだったのだ。

その後、

★忘れ物をしたのに怒られるのが怖くて先生に「出した」とウソをついた。
→先生は自分がなくしたのかと思い探し回った
→私がウソだと思い問い詰めたのにウソを突き通そうとしていくつもウソを重ねた

★名前の書いてない定規を拾ったものを、自分のものにしていた
←自分のをなくしていたのでちょうどいいと思ったらしい
→私が見つけたとき「あ、しまった見つかった、ものすごくやばい」という表情をした。あきらかにすごく悪いことだとわかっていてやったのだ。

こんな問題行動が重なって、その都度私は重く捉え、こっぴどく叱った・・・
が、自分の叱り方で本人にどれだけ反省させることが出来たのかわからない。
正直、どうすればいいのかわからない。

そんなことがたびたびあった。

ただでさえ男ばかりで普段からガミガミな私だが、こと長男に対しては全く冷静さを失ってしまう。

相手は子どもなのに。
「叱る」を通り越して
「当たる」「なじる」「けなす」「ののしる」の域に達しまくってしまう。

問題行動のときだけではない。

毎日朝起きてから学校へ行くまで、帰ってきてから寝るまで、
一体何度声を張り上げないといけないのか。
宿題、レッスン、時間割りはもちろん、お風呂、歯磨き、寝ることまで声をかけるといったんは嫌がってみせる。毎日毎日寝るのが遅くなってしまう。

何で私は毎日毎日こんなにガミガミガミガミ言ってるんだろう…
私ってこんな嫌な人間じゃなかったのに・・・


そのうえ兄弟ゲンカ(しかもくだらないことで激しい…)まで始まったら、

・・・うんざり・・・・

私だって本当は子どもの喜ぶ顔が見たいのに。
まるで憎みあってるような状態だ。

子どもはいつも親の愛情を図っている。
もっと、子どもにわかりやすく愛情を伝えてあげなければいけないのかもしれない。
でも怒らなければいけないことが多すぎて険悪な状態で一日を終える、または学校へ送り出す…


そんな毎日だった。




ゴールデンウィークにはどこかへ連れて行ってやろう。
子どもの喜ぶ顔を見て私も自分の気持ちを慰めたかった。

そして、こどもの日。スケートに連れて行った。
c0018617_22265242.jpg本当は遠くの大きな公園(兼遊園地)と迷ったのだが道が激しく込んでいたのとスケート場がその日は特別料金で安かったので・・・。
はじめてのスケートでどうかな~と思ったけど長男は案外すぐ滑り出し、すごく喜んだ。

ああ、長男のこんな嬉しそうな表情見るの、久しぶり。
次男も三男も喜んでいる。(三男はあまり滑れずリンク外がほとんどだったが)
あ~~、子ども達が喜んでる。それがこんなに嬉しい。
嬉しくて嬉しくて涙が出そうだった。

大げさだけど・・・・・
それほど、この頃落ち込んでたのだ。

そして私も調子に乗ってうまくもないのに滑っていた、その時…

誰かとぶつかりそうになり

あわててバランスを崩して思いっきり仰向けに転び、

後頭部を強打してしまった。

ガンッ!!!!!と氷に頭を打ちつけた瞬間、目の前が真っ白になり
あ!!死ぬのかも!?と思った。
その後数秒~数十秒?意識が飛び、動けなかった。

徐々に動けるようになり、どうにか普通に歩けるようになって、その後吐き気もなかったので大丈夫かな・・・とそのまま病院へ行かず家に帰った。

「そういえば『メジャー(アニメ)』の吾郎のお父さんって、頭を強打した直後は大丈夫やったのに、その日の夜中にいきなり死んだんやったなあ」というと子ども達は
「おかあちゃん、僕らが寝とる間に死んだらあかんで」と言ってくれた。

「こんなおかあちゃんに、そんなこと言うてくれてありがとうな」と、
まだそのときは子どもの反応を楽しんでいただけだった。

そのときは激しく打った後頭部より、頭の上のほうが痛くて、吐き気はないがなんだか頭を振り回した後のような気持ち悪さがあった。

ちょっと心配になり子ども達が寝てから、「後頭部」「強打」で検索してみた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


頭を打ってすぐに意識を失ったり吐いたりしなかった場合でも、全然安心してはいけないらしい。

頭の中で出血している場合、その速度により症状は様々でこのページによると外傷初期には意識障害はなくその期間は数分から2~3日と様々。その後、頭痛、不穏、吐き気、嘔吐、めまい、錯乱、反応性低下、さらに痙攣発作がみられ、その後に意識障害を来すとあり、早期に治療(点滴または開頭手術)しないと後遺症がのこったり命を落とすことになる・・・

さらにこういうパターンはスノーボードで急増しているということでスノーボードの危険性を訴えた医者側の意見を書いたページが多く見つかった。

スノボは雪、スケートは氷…
私のようにスケートで後頭部を打つというどんくさい人は少ないだろうが本当によく頭蓋骨が割れなかったと思うくらいの強打だったのだ・・・。



・・・・・・・・・もしかしたら、死ぬかもしれない。


生まれてはじめてそう思った。

今、この頭の中に徐々に血がたまっているのなら・・・
明日病院でMRI撮ってもらって、血があったら・・・手術?
いや、それまでに今日の夜のうちにもしかしたら「メジャー」の吾郎のお父さんの様にコロッと死ぬのかも・・・?

脳が詰まっている頭、それをあんな強く打って・・・
軽く考えすぎていたかもしれない・・・・・



不思議と、「本当に死ぬかもしれない」と思ったとき、
スケートに行かなければとか、あのとき調子に乗って滑らなければ、とか
そういう後悔は全くなかった。

それが私の運命だったんだ。潔く受け止めるしかない。
それどころか子ども達の喜ぶ顔を見れた幸せな日に死ねるなら幸せだと思った。

そして沸いて出た後悔は、今までの子ども達への接し方…。

死を覚悟した途端に子ども達への思いがあふれてくる。
いつもいつもイラついて、「かわいい」と思う暇もなく憎しみまで込めて叱っていた子ども達・・・

今、もし私が死ねば、1年生の次男、三歳の三男は将来私のことを忘れるだろう。
三年生の長男は、ぼんやり覚えている程度かな・・・


・・・・・そうだ。そんなに「子ども」なんだ。私が普段怒りまわってる相手は・・・


理屈では充分わかっていたのに、急に実感がわいてくる。


そうしてその翌日の昨日、MRIを撮ってもらって結果を聞くまで、色々なことを考えた。

私はなんて幸せ者だったんだろう。
どうしてあんなにイライラしながら子育てしてたんだろう。
どうして「子どもだから」と思えずムキになってばかりいたんだろう。
どうしてもっともっと子どもと向き合ってやらなかったんだろう。
こんな漫画描くほど、どうしたらいいか理屈ではわかっていたのに背中を向けてばかりいたな・・・
自分の趣味やネットに情熱を燃やすことで育児から逃げていた気がする・・・

病院の待合室で小さい男の子二人を連れてるお母さんがいた。
ヨチヨチ歩きの弟を追い掛け回すお母さん、そのお母さんの気を引きたくて自動ドアや診察室に近づいたり本やテレビを触りまくる2歳くらいのお兄ちゃん。
はじめはやさしく声かけしていたお母さん、だんだん声色が変わってきてイラついてるのがわかる。

子ども達の幼い頃の自分を思い出して涙が出た。
「相手は子ども」なのにあまりの大変さに余裕をなくしてしまう。イラついてしまう。
それでもその頃の自分は精一杯だったのだ・・・

こんなになって気がつくなんて。


そしてMRIの結果は「今のところは大丈夫」だった。

よかった・・・・・・・・・・。



「今のところは」というのは、数週間、数ヶ月かけて徐々に血がたまり脳を圧迫することもあるらしい。
(冬ソナの「ミニョン」のように)

それもネットで予習済みだったので覚悟は出来ている。
頭痛が続く、意識障害、手足のしびれ、など、いろんな症状が出たら即病院へ行こうと思う。


とりあえず、今は大丈夫なんだ。よかった・・・・(涙)

MRIのあと頭痛が激しくなり昨日は一日寝ていたが今日は頭痛はわずかになった。
フラフラ感や脳の違和感もずいぶんマシになった。

よかった・・・・・・・




今回のことに限らず、人間、いつ死ぬかわからない。

今回色々考えたこと、感じたことを絶対に忘れないでいよう。
そして今日生きている、子ども達もみんな無事でいることのありがたさにいつも感謝の気持ちを忘れないでいようと本当に本当に心から思った。
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by kunimanga | 2006-05-08 00:07 | だんご三兄弟
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